米津玄師が菅田将暉のラジオで灰色と青(+菅田将暉)や音楽について語る貴重な神回

米津玄師(よねづけんし)がゲスト出演した菅田将暉(すだまさき)の2017年10月16日25時オンエアのラジオ番組『菅田将暉のオールナイトニッポン』にて、貴重な音楽対談が行われた。

 

米津玄師と菅田将暉、コラボのきっかけとは?

米津玄師が「菅田将暉でなければ絶対にダメだった」と奇跡のタッグを実現した楽曲「灰色と青(+菅田将暉)」

この二人の出会いは米津玄師が菅田将暉にオファーをしたことから始まる。

すでに米津とはマブダチだと思っているという菅田だが、
二人が出会って共演するまでに会った回数はたったの3回!

まず食事会を兼ねた楽曲の打ち合わせで出会う。

 

菅田の米津への第一印象は?

ここで米津はなんとか菅田と打ち解けようとお酒を飲み過ぎてベロベロになったらしい(笑)
泥酔した米津は常に「俺は天才や!」と言っていたようだ(笑)

それを見ていた菅田は「こいつ好きやわ~」と思っていたと米津に打ち明ける。

菅田の米津への印象は、クールな人に見えたが話してみるととても熱い人だったとの事。

『子供のころにあった熱量とか、今は変わってしまったのかもしれない、という感情を曲で表現したい』と語ってくれた米津の想いに、16歳から上京した菅田は共感するものがあったようだ。

米津の菅田に対する第一印象は?

2014年の「アイネクライネ」という米津玄師の楽曲は、東京メトロのCMソングだった。その映像を撮ってくれた監督の映画作品、「そこのみにて光輝く」を見た時に出演していた菅田将暉を見たのが初めてだったという。

「すげー人いるな。」

「ビビットな、ある種の暴力的なものを感じる」

「この人は一体何なんだろう。」

自分の人生のタイムラインにおいて、たびたび顔をのぞかせるこの人はなんなのだろう、と菅田に対して強く興味を惹かれたそうだ。

また別の菅田の作品、映画「ディストラクション・ベイビーズ」の監督が米津と知り合いだったため試写を見に行った時、

「溺れるナイフ」

「何者」

「打ち上げ花火」

たびたび顔をのぞかせる菅田に強烈な印象を覚え、今回の共演につがなったそうだ。

 

 

菅田将暉じゃないと絶対にダメと言わせるほどの「何か」

しかし菅田の方は直接米津に
「なんで俺だったのか?」と楽曲のコラボについて率直な疑問をぶつけた。

その返答に米津は
「菅田くんじゃないと絶対にダメだった」と答えた。

菅田は照れながら
「俺、言わせてるわけじゃないからね?(笑)」
「でもめっちゃうれしいな」
と素直に喜んでいた。

米津は共通の知り合いの映像カメラマンにどうしても菅田と共演したいという想いを日ごろから伝えており、カメラマンが菅田に連絡しオファーをしたのだという。

米津は菅田と「絶対に一緒に共演したい」「ここで口説けなかったら終わりだ」くらいの気持でその食事会に臨んだという。

結果、ウィスキーを飲みまくってベロベロに酔っ払い、弾き語りをすると言ってギターを抱えるも、何度もガシャンガシャン落としていたと菅田からつっこまれていた(笑)

米津の熱意からくる緊張が伝わるやりとりだ。

「歌手」ではなく、「俳優」である菅田将暉に、言葉にできない「何」を感じていたのだろうか。

 

米津玄師の曲や映像に対するこだわりとは?

この食事会の時点で「灰色と青の」楽曲の1番(米津パート)は完成していたという。
そこから一週間ほどで曲は出来上がり、かなりのパツパツスケジュールだったと語っている。

その瞬間にしかできないものがある

その理由のひとつとして米津は、
「今、この曲、MVを撮らなければダメだ」と思ったからのようだ。

というのもこの時期が8月頃で、レコーディングの予定が9月、夏から秋に移り変わる、曖昧な季節の空気感、そしてこの曲が出来上がった2017年の、今、この瞬間でなければ!というアーティスト米津ならではの感覚・感性がこのスピードスケージュールを呼び起こしたようだ。

確かに曲の雰囲気、季節感がMVと絶妙にリンクしている。
この米津のこだわり・行動力が大ヒット曲を生み出した要因にもつながりそうだ。

菅田も「その瞬間にしかできない!っていうものあるよね」と共感し、
米津は「この曲は本当に、奇跡的なタイミングで、奇跡的なものが合致した結晶だと自分では思っている」と語った。

 

大ヒット曲「灰色と青」はどうやって生まれたのか?

米津いわく、あの曲はもともと米津の好きな北野武監督の映画「キッズリターン」をイメージして作られたという。その内容は、ふたりの高校生がいろいろな経験・挫折などを経て、お互いの道を選びながら進んでいき、そして最終的にはふたりともダメになってしまう、そして冒頭の光景に戻る、という映画。
そんな音楽をどこかで作りたいなとずっと思っていたそうだ。

 

米津玄師の菅田将暉に対する思い

そんな曲をつくりたいと思っていた時、菅田将暉という人間が、気がつくと米津の脳裏にちらついていた。たびたび出会う、この人は一体なんなんだと気になっていた。

米津は「自分は音楽家、菅田君は俳優で、全く表現方法は違うけれども、何か共通している部分があるんじゃないかと感じた。そんな気持ちが離れない中、映画キッズリターンを思い出し、
これだ!!曲になる!!」と、ひらめいたという。

菅田もこれには「うれしいですね」と素直に喜び、2度ほど試しに一緒に歌ってみて、本当に楽しかった、と想像以上にふたりのコラボレーションは心地よかったことを述べている。

 

米津・菅田のリスペクトするアーティストとは?

米津が「天才」だと思うアーティストはどんな人?というリスナーの質問に、
「難しいけど...普通はやれない事をやれる人、飛躍できる人」と答えた米津。

米津玄師の音楽の原点

米津はBUMP OF CHICKEN(バンプ・オブ・チキン)が音楽の原点だと語った。小学校5年生の時に家にパソコンがやってきて、インターネットがつながって、その向こう側でBUMP OF CHICKENの曲に合わせてアニメーションが動いている、そんな当時流行していた動画を見たのがきっかけで音楽をはじめたそうだ。

「BUMP OF CHICKENの曲には多大な影響を受けた」
「いまだにすごいなと思う」
「BUMP OF CHICKENには会ったことがない。自分の中で神格化されたものに対して、触れていいのか?というものがある。安易に会うんだったら辞めた方がいいかなと...」

と今でも憧れが強い事を語る米津。

すると菅田は、「それで会って号泣したのがオレはダウンタウンやからね」と有名な号泣事件を語った(笑)

菅田将暉が音楽を好きになったきっかけ

一方、菅田が音楽でいう尊敬する人というと、フジファブリックが音楽を好きになったきっかけだそうだ。
「新しい扉を開けてくれた人。エモーショナルさとか...とにかく俺にとって一番のきっかけの人かな」と語った。

 

米津玄師の音楽の作り方とは?

リスナーからの質問の中で、ありがちな言い回しだが興味深いものがあった。

アーティストがいう「曲が降りてくる」というのはあるのか?

このリスナーの質問に米津は意外にも
「降りてくるって表現はあまり好きじゃないな...」
「うさんくさい...」

と正直に語り菅田を笑わせた。

菅田「確かに抽象的な表現すぎますもんね」

米津「ダメとかじゃなくて、個人的には、おれは曲をつくるときには、いろんな可能性ををひたすらつぶしていく作業をするから...」

米津「自分がこの出発点にいるとして、どこに進んでいくべきなのかとなった時に、色んな道があって、じゃあ、右から順番に1つずついってみますか。というやり方をする」

米津「一番右行ったけど、あー、なんか違ったな...じゃあもう一度元に戻って、次の道に行って...みたいな事をずっとやってる」

米津「俺の間隔としては、はいずりまわって曲をつくっている感じかな」

とかっこいいと思われがちな曲作りに対するイメージを払拭するように語った。

菅田も興味深そうに話を聴きながら、
「へー!そういう熱量でやっているんですね!」
と感心していた。

ちなみに菅田は「僕は...一回も降りてきたことないですね(笑)」と語った。

 

菅田の俳優としての役作りの仕方とは?

米津「俳優って、他の人間にならなきゃいけない作業じゃん...それっていったいどういう感覚なんだろうなって、興味がすごいある」と菅田に質問した。

菅田は「俺は色んなパターンがあるかも」と言い、
「降りてくるではないけども、記憶がない瞬間もあったり、それがいいか悪いかはわからないけど」
「米津さんと同じように、一個一個試して作っていく時もある」と演技について語った。

米津「菅田君の映画とか見てると、何か神がかり的だなと思う瞬間がある」

灰色と青のMV撮影で魅せた菅田将暉の演技力

米津「灰色と青の映像でも、(菅田が)ただブランコに乗ってるだけなのに、あんなに表現の幅があるんだと思った。おれも同じシーンを撮影したから分かるんだけど、おれなんて前後にちょっと揺れることしかできなかったもん(笑)」

「もう一個すごいと思ったポイントがあるんだけど、映像の中で菅田君が上を見上げるシーンがあって、その時、目が白目(しろめ)になる瞬間があるんですよ、それが個人的には、ある種の狂気的な感覚を覚えて、すごいグッときた」
と菅田をべた褒めする米津。

筆者もこれを知って改めて見てみたが確かに、と菅田の表現力のすごさに圧倒された。

それに対して菅田は「俺、白目向くのくせなんですよ」とあっけらかんと答える。
しかし「そういう無意識なところを褒められるのすごいうれしい、映画「共食い」の青山監督にも同じようなことを言われたことを思い出した」と語った。

菅田将暉の演技力・存在感・引力のようなものは言葉ではなかなか表現がしづらいが、他の俳優に比べても群を抜いていると個人的に感じる。

 

米津玄師も歌詞にできない菅田将暉の表現力

米津玄師もそんな菅田将暉に「だから...そういうのもあって...この人はいったい何なんだ!と...そういうのがあるんですよ。(笑)」
と何とも表現できない菅田将暉のすごさについて、たどたどしく語った。

あれだけ表現力のある歌詞を書く米津の言葉をこんなに詰まらせてしまう菅田将暉の感性豊かな演技力。一般人には「すごい!」としか言えないっす(笑)

 

意外におもしろい米津玄師のトーク

米津と菅田に対するこのラジオのリスナーからのコメントを菅田が読み上げるコーナーでは、鋭い切り口で攻め込んでくるリスナーの無茶ぶりトークにも低いトーンながら面白い返しをする米津に菅田も爆笑し、米津のおちゃめな一面を引き出している。

 

リスナー「米津玄師の事、コメちゃんて呼んでいい?」
米津「うーん、嫌です(笑)」
菅田「友達にはなんて呼ばれるの?」
米津「苗字とか、ヨネ、とか色々あるかな」

 

リスナー「灰色と青を聴いた率直な感想...米津さん!めっちゃかっこいい、おしゃれな曲じゃないですか!!あと菅田、お前もやればできんじゃん!イケてたよ!」
菅田「おい、やかましいわ!(笑)」
米津「えらい上からなんだね(リスナーが)」
菅田「そうなんですよ、うちのリスナー、人気俳優とか嫌いなんで(笑)」
米津「いいじゃないすか、その方が心地いいですよ...」
菅田「まさかの、このラジオのトーンを理解しはじめた!(笑)」

 

という具合で、他にも絶妙なつっこみ&ボケトークがくすっと笑える。

 

 

米津玄師が世界のバンドでボーカルとして参加するなら?

もしも世界中のバンドの中で、米津玄師がボーカルとしてそのバンドに参加できるとしたら?リスナーからのこんな面白い質問に米津は、

「今、個人的に好きなバンドは「キュア」っていう80年代のイギリスのバンドで、すごい曲がキラキラしてて、一見ピースフルなんだけど、言葉とか歌詞をよくよく見てみると、お前何でそんなこと言っちゃうの?というような、どーせ俺なんて、と卑下している感じの楽曲がめちゃくちゃ心地よくて、多分俺と似たような人間なんだろうなというのが至る所から感じられて。そのバンドに参加してみたいかな」

一方菅田は、「ブルーハーツとか、銀杏ボーイズとか初めて聴いた時、これをステージでやれたら気持ちいいだろうなと、なんか一つになっている感じが、あれはちょっと憧れる」

と語った後で、「米津君の次に語るのキツイね(笑)」と苦笑した。

 

米津玄師と菅田将暉の対談を終えたリスナーからの反応は?

リスナー「菅田将暉の音楽の話、うっすー...(笑)」
菅田「だからね?おれは嫌やって言ったんよ!対談じゃなくてええやんて!(笑)」

なかなかの人気俳優に対し、ヨイショしてこない強気なリスナー。この感じ好きです(笑)

 

リスナー「僕がもしアーティストだったら、音楽が降りてくるとは言わず、音楽が僕の横に添い寝してきた。と表現します」
米津「嫌やわー...(笑)」
菅田「なんか不純な感じするね(笑)」

 

リスナー「米津さんには悪いんだけど、曲って、降りてくるものだから。まあ、米津っちが、その領域に達してから、色々話は聞いてあげるよ。とにかく、曲って、スッ…と降りてくるものだから。」
米津「なんじゃお前ー!(笑)」
菅田「(笑)」
米津「(リスナーに)お前、分かってない。音楽は、もっと泥臭く探していくものですよ...」

 

 

米津玄師はアルバイトをしたことがない!

米津は18歳で徳島から大阪に出てきて、一年くらい学校に行って辞めてしまって、ボカロ(ボーカロイド、初音ミクみたいな映像の中で機械が歌を歌っている合成技術)をやり始めて、そこで稼いでいたため、一般的なアルバイトはしたことがないと言う。

同じく菅田将暉もしたことがないようで、ふたりが一緒にやってみたいのは、品だしとかのアルバイトで、自分たちがやったらバイトリーダーに怒られそう、とお互い納得しあっていた(笑)

 

 

米津が絶賛する菅田将暉の「声」

米津「菅田君の声、めっちゃいいよね」
「レコーディングの段階で、一発目、声を出した瞬間から、すごいと思った。」
「声がリッチなのかな?俺にないものを持っている」
「灰色と青の菅田君の歌い出し、せわし~なく、の最初の「せ」からエネルギーがすごい。サビのど頭の歌い方とかも、すごかった」と、とにかくべた褒めの米津に、

菅田「聞いたか、リスナー。声がリッチじゃないとコラボはできないんやぞ(笑)」
と照れ隠しなのか軽くボケて見せた。

米津「声って色んなものが出る。生きざまとか、感覚とか、性格とか、そういったものが菅田君の歌声にはありありと出ている感じがすごくある。」

終始菅田をべた褒めする米津に、米津自身も「おれ、気持ち悪いよね」とつっこみを入れていた。

 

最後にリスナーからの辛口コメント

ゲストの米津玄師の出演が終わり、終始ベタ褒めされた菅田将暉に対するリスナーの感想は期待を裏切らず辛口だった(笑)

リスナー「おい菅田!米津さんから褒められてる時のお前、くそつまんねーな!ほしがるな!」
菅田「...(苦笑)。まあね、確かに俺、ただ喜んでただけやから。だって、米津玄師さんよ?いつもあんたらが俺をけなすから。褒められ慣れてないんよ(笑)」

リスナー「山田孝之さんみたいに出たり入ったりしないし、山崎賢人さんみたいに全然調子にのらないし、ユースケさんみたいに残尿の話しないし、また来てほしいなー、米津さん。菅田君もいっぱい褒められて、自尊心保てるだろうし。」

菅田「そうね!そのためにも来てもらわないと!俺が自尊心保てなくなりました~ゆうて辞めるかもしらんしね(笑)」

このラジオ、人気俳優である菅田将暉がパーソナリティなのにもかかわらず、
なかなかリスナーが菅田を認めず、容赦ない辛口コメントやイジリを入れてくるのがじわじわツボに入る。

これを見て不快に思ったりした方には申し訳ないが、人気俳優をどんなところも褒めまくるテレビ番組などよりもよっぽど的を得ているしブラックジョークで笑い飛ばせる。

菅田自身も何を言われてもボケやつっこみで返答し、まじめに受け取っていないところが関西人特有の感覚なのか、性格なのか。それともエンターテインメントとしてとらえているのか。

菅田将暉という人間に、さらに興味と好印象を抱いた面白い番組であった。

 

とにかく米津玄師と菅田将暉、ただならぬオーラと才能を発揮し続けるふたりのタッグが実現した「灰色と青」という楽曲は、誰が何と言おうと「名曲」であることに間違いはない。

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